もうすぐ網野の町に入る最後の交差点で、道を間違えたみたいで、
京丹後警察署まで戻ると、タイミングよく巡回中のパトカーと出会い、
道を聞くと交差点は右折、見ると信号機の上の案内板に確かに「網野」とある。
暗くて全く見えなかった。略図では左折になっていたが、
運転中はスマホも見れないし、ナビは付けていない。
まだ午前一時なのに、二時から開くはずの駐車場はすでに空きが少ないくらいで、
黒いシルエットのクルマ達がスヤスヤと眠っていた。空を見上げると、
雲の海原にクッキリ半月が浮かんでいる。
目覚ましを合わせて、一時間でも眠ることにする。まわりが起き出す気配と一緒に、
目覚ましも鳴って、仕度もそこそこに会場へ向かうバスに乗り込んだ。
スタートまで一時間を切っているのに、参加者が増えたためか、
受付けはまだ長蛇の列で、荷物預かりと同じの体育館の中は大混雑、
トイレもそれ以上に長い列で、とても間に合いそうもない。
気温が予想より低めなので、ランシャツかTシャツか迷ったが時間も無く、
スタート数分前に列の最後尾につくと、
いつのまにか真っ暗な網野市街をランナーの黒い集団が静かに動きはじめた。
3キロ過ぎ、最初の「七竜峠」への登りにかかると、ランナーの小さなヘッドランプを
頼りに、まだ陽の差さない断崖沿いの道を集団がぐねぐね上っていく。
峠の下りにかかる頃、ようやく明るくなり始めて「久美浜町」へと降りて行く。
16.6キロ地点「くみはまSANKAIKAN」のレストポイント。
トイレはまた長い列なので、給水するとすぐに出発した。
海面と繫がりそうな周回道路を行くと、最初の第一関門「海山園」に予定通りの
8時10分に到着。
ここの「ファイテン元気S」で、ジュニアユースの中学生のマッサージを受け、
文字どおり元気をいっぱいもらって「七竜峠」の登り返しから「網野」の街に
戻ると、コースは海岸線から別れて「弥栄町」の山へと入って行く。
最近、テレビでも紹介された、第12エイドの丹後王国「食のみやこ」は
「シルバーウィーク」とあって、道路は中に入れないクルマで大渋滞。
仕方なくランナーは狭い側道を走る。
第二関門、56キロ地点、「弥栄地域公民館」に11時45分到着。
関門時間は12時25分だが、予定より10数分遅れ、預けてある補給食は取らずに、
「メダリスト」を補充して、12時前第二関門をスタートする。
いよいよここから丹後のハイライト「碇高原」までの400mの登りが始まる。
ゆるくて長い単調な登り坂が遠くまで続く、いっそ傾斜がある方がむしろ楽かも
知れないと思う。先まで見えるとなかなか距離が縮まらなくてきつい。
天気も良くなって気温も上がり、午後の陽射しが照りつけるなか、
いよいよコースのクライマックスに差し掛かる。ここまで調整してきた甲斐もあり、
脚の方はまず問題なく、このまま予定どおりのペースで行けば、
第三関門の「碇高原」に余裕を持って上がれる。はずだったが、
確かに昨年に比べると、タイムと脚にはまだまだ余裕があった。それでも
何度か歩きを繰り返すうちに、すでにガス欠状態になっていることが分かった。
それも昨年と同じ67キロ地点辺り、「吉野」のエイドポイントの手前だった。
白いテントが見えたところでリタイアを決める。
昨年はここからつぎの70キロ地点越え「碇高原」まで、タイムオーバーを承知で
がんばって歩いたが、今回は関門時間まで、まだ1時間30分近く残っていた。
あと6〜7キロ、8〜9分/kで行けば余裕で間に合うが.......、それでもDNSを決めた。
エイドにはリタイア組がすでに3〜4人いたが、その後どんどん増えて、
収容バスが来る頃には10人以上になっていた。バスを待ってる間に係りの方から
エマージェンシーシートをいただき、そのままバス へと持ち込んで、
これでずいぶん助かった。
収容バスから降りて会場の「アミティー丹後」に戻ると、名前を呼ばれた完走ランナーがつぎつぎとテープを切ってゴールしている。なかには見覚えのあるランナーもいる。
「おめでとう!」
登り返しの「七竜峠」から見た鮮やかなブルーの海、
まだ目に焼き付いつて離れない。
帰りに「浅茂川漁港」の温泉「静の里」で空を見上げると、
半月がぽっかりと闇夜に浮かんでいた。