マルズログ

 ランニングと日々の雑記帳

犬はティシュを使わない、

 

* やっと右足の違和感がとれ、今週からジョギングを再開、

日没の河川敷は痛いほど冷え込み、保温対策に携帯カイロも導入、

これで次の大会に間に合うのかはともかく‥‥‥、

走れるなら、完走めざして「走ろうかい‥‥‥!」

 

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そんなところで、々に「山雑記」です。

ずいぶん前のことですが、「山での奇妙な出来事」

 

秋晴れの体育の日、「鈴鹿スカイライン」の「武平峠」を越え、

ロープウェイが真上を通るあたりで、車道脇の空地に車を停め、

御在所岳」、「藤内壁」へ向かった。

トンネルを抜けて、「北谷」に架かる橋の手前から沢沿いの「裏道」に入ると、

先にもヘルメットをぶら下げたパーティーが歩いていた。

 

「日向小屋」の前を抜け 「藤内小屋」まで来ると、きょうは泊まり客もいて、

テラスのベンチも賑わっていたが、いつもうろついてる犬の姿が見えないのが

気になった。「兎の耳」の河原にはテントが一張りあって、声がしていた。

「藤内沢」の出会いに着くと、中高年の一団が付き添いガイドから

「藤内壁」のレクチュアーを受けていて、そこから「藤内沢」に入り、

「前尾根」をめざす。

 

「前尾根」P (ピーク)7 の基部まで上がると、

予想どおり、二、三組のパーティーが取り付きの順番を待っていた。

しかたなくここはパスして、P7は巻いてP6の取り付きへ上がる。

そこにも二パーティーがいたが、折り合いを付け取り付くことにした。

基部にアンカーを作って、プロテクション(途中のアンカー)を取りながら、

ロープをのばし、ワンピッチ登るとロープをフィックスして下降して、

また同じところを登りかえす。単独だと二度登ることになり、

迷惑千万な登攀だが、他のパーティーが快く了解してくれた。

 

「前尾根」のノーマルルートはP7とP3右クラックを除き、グレード(難度)は

3、4級で、『グレードは1級〜6級へ難度が上がる』(旧グレイド)

ライミング難度より他のパーティーとのコンタクトに気を使う。

P5のボロ壁はフリーでぬけてP4を快調にこなすと、やっと他と距離が開き、

 ひと息ついた。先のP3のコル(ピークとピークの鞍部)に、

ビバーク(野営)にもってこいの砂場の空き地が見えていた。

ただそれは、近づくまでのことだった‥‥‥。

 

なんとテントもうまく収まりそうな、小さな空き地の真ん中に、

まさか、とぐろを巻いたウンコとティッシュが堂々と鎮座していた。

一瞬、我が目を疑ったがまちがいなくホンモノである。

犬はティッシュを使わないし、ここまで上がってこない。

いったい、だれが・・・?こんなところで、穴にも埋めないで、

呆気にとられ、これで張りつめていたものが一挙に萎えてしまった。

そのあとも残像が焼きついて離れようとしない。

平気でこんなことをする奴が同じ岩を登ってるのかと思うと、

腹が立つ前に情けなくなってきた。

 

P3の基部に着くと、後続に追いつかれるのを承知で少し休むことにした。

昼もとっくに過ぎていて、ハーネス(登攀用安全ベルト)をははずすと、

それまで、かなりがむしゃらに登ってきたことに気がついた。

それも あのウンコと遭遇したことがきっかけだと思うと、

なんだか、妙な気がしてならない。

同時に、ここまでよかった天気も俄に崩れはじめ、P3にガスがかかると、

ゆっくりとこっちへ降りてきた。急いで弁当を半分食べて、ハーネスをつけると、

後続が追いついて、先にP3に取り付いた。

「彼らは何も言わなかったけど‥‥、まさか、こっちが犯人だと‥‥‥、

思われてるんじゃ‥‥‥」

先行は右クラックへ入ったので、左の凹角ルートを行く。

最後の荷揚げでロープがザックにからんで止まったが、後続のトップが難なく

外してくれて助かった。

結局、ウンコのことは誰も触れようとはしなかった。

 

すでに辺りはガスに包まれ、P3のピークを越えるとついにぽつぽつ落ちてきた。

コルまで降りると、P2「やぐら」は煙って見えない。まだ雨は小降りだけど、

「やぐら」はパスするしかない。そう決めると「前壁ルンゼ」(急傾斜の沢)の

下降に備え小休止した。ハーネスをはずして傘を出し、ヘルメットに座って

残りの弁当を食べた。すでにパタパタ音が立つ雨あしになっていた。

「本降りになる前に降りないといけない・・・」休んでる暇はなかったが、

焦るといけない! いそいでクライミングシューズをスニーカーに履き替え、

カッパを着ると、いよいよ「前壁ルンゼ」の下降にかかった。

 

浮き石の多い濡れたルンゼは所々ぬかるんだ土の箇所もあり、一寸たりとも

気が抜けない。一歩一歩足元を確かめるような下降が続く。

ルンゼはガスってまったく先が見えなかった。

「前壁ルンゼ」の下降は最初から何とも嫌な予感がしたが、ここにきて

一挙に悪い条件が重なり、その予感は徐々に不安と焦りに変わって行った。

 

先の見えない下降のさなか、ひょっとして、あのウンコは幻影かもしれない・・・?

そう思うと可笑しくなって笑ってしまった。

「あそこで尻を出してできる奴などいるわけがない・・・」

 

どこかで壁を落ちていく水の音だけが乳白色の空間に響いていた。

視界はわずかに足もとだけ、前が見えないガスの海はいつしか架空の世界に

紛れ込んだみいたいで、ひとつまちがうと垂壁をすっ飛んんで、ガスの海に

吸い込まれてしまうに違いない。

いよいよルンゼがスッパリと途切れた箇所に出た。そこに今にも滑り出しそうな

泥土の「すべりだい」のトラバース(横断)が待っていた。

手がかりになるホールドもブッシュもなにもない。

「たぶん、ここが「前壁」の頭だろう‥‥‥」、幅4、5十センチ、

十㍍もない距離だが、外傾していて左にはずすと一巻の終わり。

とにかく滑らないように、だましだまし行く他になかった。

最後の何歩かはどう捌いたのか憶えていない。

やっと渡りきって、細いブッシュを掴むと同時に大きな溜息をついていた。

 

そのあともブッシュ伝いに垂壁を巻く急下降がつづいたが、

後から思うと、「すべりだい」では上に一本ピンを打つことも出来たし、

やっぱり、焦っていたのか魔が差したのか、引き込まれるように

「すべりだい」に足を踏み出していた。

 

ひょっとすると、あのガスの海に「何か」がいたのかもしれない・・・!

「前壁ルンゼ」の下降は快調な「前尾根」登攀のうらに、落とし穴みたいに

口を開けて待っていた。それもあのウンコと遭遇したのがきっかけで、

いっきにベクトルが下降線をたどるようになった。

単なる偶然とは思えない、なにか悪戯な仕掛けみたいな気がしてならなかった。

 

 

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                山と渓谷社  

 

「裏道」の出会いで振り向くと、ガスの切れ間から黒く濡れた「前壁」の

岩壁が不気味な顔をのぞかせていた。

雨も上がり、前後にひとりの登山者の姿 もなく、「兎の耳」のテントも

消えて、夕刻とはいえ人気の無さが際立ち、「藤内小屋」近くまで来た

そのときだった、いきなり後ろから若い男が何も持たず小走りで近づいて来て、

すっと振り向き追い越して行った。 何か云ったのか、目が会ったのかどうか、

まったく覚えていない。

「あれ?へんだな‥‥‥何も持たないで、いったい何処へいくんだろう‥‥‥、

小屋にでも用事なのかな‥‥‥?」と思った。

そのあとすぐ、どうも来た路と様子が違うことに気がついて、

踏み跡もわすかで、先の大きな岩まで来てドキッ!とした。

周りは「レリーフ」がいっぱいで、いくつのの遭難碑の前に立っていた。

通称、「天狗の踊り場」と呼ばれる場所だった。「藤内壁」で命を落とした

クライマーの墓地がこんなところにあることも知らなかった。

あの「若い男」が駆け抜けて行ったあと、気付くといつのまにかそこに立っていた。

微かな踏み跡をたどって戻ると、さっき若い男と出会った場所に戻っていた。

 

それからすぐに「藤内小屋」の屋根が見え、薄暗くなりはじめたテラスでは、

四、五人のパーティーが、賑やかに焼き肉の美味そうなニオイを立てていた。

一緒にどうかと誘われたが、時間もなかった。

小屋の中は薄明かりが点いていたが人影はなく、テラスの輪の中にも、どこにも

「若い男」の姿はなかった。あの男は先に行ったのだろうか……?

鬱蒼とした木立に遮られ、昼間も薄暗い「裏道」は不気味な闇の中に沈んでいた。

 

やっぱり、「前壁ルンゼ」の「すべりだい」も遭難碑の前に出たことも、

はじめにあのウンコに遭遇した事と全てが繋がっているような気がした。

「あれからずっと何かをひきずっているような気がしてならない・・・」

 

吸い込まれるような闇の中を足早に下って行くと、ようやくスカイライン

車道に出て、行く手にトンネルのオレンジ色が煌々と輝いていた。

その明かりに誘われるように近づいていくと、先にひとりの登山者が歩いていた。

あの「若い男」?かと思ったが違った。いきなり眩しいトンネルのなかに入ると、

男はちょうど真ん中あたりを歩いていた。暗くなってもあれだけ停まっていた

車にもどる登山者が、ひとりや二人いてもおかしくない。

「裏道」に降りたあと、ここに来てはじめて登山者の姿を見かけた。

 

トンネルの出口はそこから右に大きくカーブして、その先は中からは見えない。

男がトンネルを出ると自ずと視界から消える。闇といっても男との距離は

せいぜい二、三十メートル、自分もまた闇の中に出たその瞬間、

先にいるはずの男の姿が消えた。道には灯もあるし先まで見通せた。

左右はガードレルで脇道もなにもない。先にもどこにも男の姿はなかった。

その男は忽然と目の前から消えた。

 

そういえばザックを背負っていたかどうかもよく思い出せない。

なのに登山者だと決めつけていたのは、なぜなのか・・・?

追い越して行ったあの「若い男」でもなかった・・・、

 

「若い男」に遭ったあと、気付くと遭難碑のまえに立っていた。

その「若い男」も消え、「トンネルの男」も消えた。

もしも「若い男」も「トンネルの男」もみんな「幻影」だとしたら、

やっぱりあのウンコも「幻影」で、みんな「前壁ルンゼ」のガスの海にいた

「何か」の仕業のような気がしてならない。

 

 

 * 2008年大規模な土石流が発生して、

 「北谷」一帯は壊滅的な被害をうけましたが、

  多くのボランティアの方の協力のもと復興をとげ、

  「藤内小屋」、「日向小屋」も数年後再開されました。

  地図は「山と渓谷社」クライミングサイトより

  引用させていただきました。