マルズログ

 ランニングと日々の雑記帳

満月と「ヘッデン」

 

九月の連休、小雨の中を夕刻「横尾」に着いた。

当初、この秋は「北鎌尾根」の予定だったが、日程とかの都合で

「槍沢」ルートに変更、それも「横尾」からの日帰りで、

帰りは夜になる事は当然予想できた。

 

まだ陽のとどかない樹林帯を、「一ノ俣谷」、「二ノ俣谷」と過ぎ、

二時間弱で「槍沢ロッジ」に到着。今は荒れて通行禁止の「一ノ俣谷」も、

かつて「常念岳」への登山ルートだったらしい。

「槍沢ロッジ」からはすぐに急登、木立の中に点在する大岩の間を行くと、

右上に「赤沢山」の岩壁が迫り、急に前が開けると、

「赤沢岩小屋」の広場にとびだした。この先の広い河原は「ババ平」、

「槍」の穂先は「大曲り」に隠れてまだ姿を見せない。

 

やがて「水俣乗越」の「分岐」に着くと、四、五人の中高年パーティーがいて、

そこへ三人組の女性パーティーが現れ、「分岐」は急に賑やかになった。

その中の若い娘が、ここからひとり「水俣乗越」経由で「槍」をめざすという。

「へぇー、ひとりで大丈夫???・・・」と誰かが言うと、すかさず、

先輩がその御仁にむかって、「彼女はモンブランマッターホルン

登ってるから・・・」と返すと、御仁は照れ隠しに

「オレもついていこうかな・・・」とまた下手なジョークを言って、

みごとに先輩に無視されてしまい、「分岐」は急に静かになった。

 

 

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「天狗原」への分岐点を過ぎ、「東鎌」側の水場を越え、さらに

「グリーンバンド」に上がると、右上に「殺生ヒュッテ」が見えはじめ、

いよいよ「槍」の穂先が正面に大きく迫ってきた。

 

昼過ぎ、「槍が岳山荘」のテラスは続々と人が集まってくる。

「穂先」のルートも混みはじめ、急ぎ往復して降りてくると、

すでに三時をまわっていた。

テラスは相変わらず人でごったがえしていて、

缶ビールとパンを齧じるとすぐに下りはじめた。

今から降りる人は他にいない。小走りでどんどん降りて行く。

あっという間に「殺生ヒュッテ」も通過して、

思い出したように 振り向いたが、「槍」はもう見えなかった。

「槍沢ロッジで何か食えればいいけど・・・」

「赤沢岩小屋」手前で陽が落ちると、辺りはどんどん暗くなっていった。

「ヘッデン」を出すのは、ぎりぎりまでガマンしようと思った。

いつものことだが、ただ、その時は、電池が古いままで、

交換してないことをすっかり忘れていた。

 

 「槍沢ロッジ」の食堂は予想どうり閉まっていたが、

売店で「なっちゃん」を手に入れた。ずっと水ばかりで昼から小さなパンひとつ。

いよいよ樹林帯だが、朝に通ってきた路だし、「ヘッデン」なしで歩きはじめたが、

とても無理だった。眼が慣れるどころかまったく先が見えない。

しかたなく「ヘッデン」を取り出すと、

「ヘッデン」は期待に答えて明るい光を放った。

「ひょっとしたらいつか電池を入れ替えてたのかも・・・???」

 

そのとき、前方から樹林帯を横切って強烈な光線が揺れながら近づいてきた。

その主に「槍沢ロッジ」までの時間を聞かれて、時計を見るともう1時間以上

過ぎている。「やっぱりこの電池はまちがいなく古い・・・」

比べてみてよくわかった・・・、

 

そのあと「ヘッデン」のあかりは急に落ち「行灯」みたいで、

ここで「プツリ」と切れたら・・・、前にも後にも動けない。

予備の電池を忘れてきた。

そうなれば、ここで「ビバーク」・・・???

「ツエルト」は持ってるが、こんなところで???・・・

その時、「ガサ、ガサー」と身体ごとブッシュに突っ込んだ。

「あれ?・・・」強引に前へ出ようとしてもはね返されて進めない。

三,四歩後ずさりしてやっとブッシュから抜けると、左側に路が見えた。

気をとりなおし、「行灯」たよりに先を行く他になかった。

 

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路は左に緩く曲がりながら登っていくが、何だか戻ってるような感じで、

「コンパス」で確認すると、全く逆方向に向かっていた。

とりあえず、わかる場所まで戻ってみることにした。

随分大きく曲がりながら、かなり上がってきたようだ。

辺りが見えないとそんなことにも気がつかない。

やがて突っ込んだブッシュの辺りまで来ると、

ドキッ!先に沢沿いの路がある。

ブッシュのところで路が左右に分かれていた。

慌てて後ずさりして方向感覚を失い、

左の路を上がてしまったようだ。

 

そのあと「行灯」はどうにかもちこたえ、やがて樹林の間から「横尾山荘」の明かり

が見えてきた。小屋の前のベンチに腰をおろし「ヘッデン」のスイッチを切ったが、

小屋の明かりで消えたかどうかもわからない。その時、急に辺りが明るくなって、

 からだを起こすと、なんと屋根の上にぽっかりと大きな「お月さん」が現れた。

本でも 読めそうな明るさだ。満月ってこんなに明るいのか・・・、

そういえば「遠州や」のおばさんが「今年の中秋の名月は十四日ですよ・・・」

と言ってたのを思い出した。

 

五時に「横尾」を出発して「槍が岳」往復十四時間の長丁場。

最後に「横尾」で「中秋の名月」のヒィナーレが待っていた。

                    

                    *「遠州や」:(よくいく和菓子屋)